「いつ投資を始めればいいですか」という問いは、投資の話題になると本当によく出てきます。ただ、先に断っておきたいのですが、この記事はその問いに一つの答えを出す診断ではありません。家計の状況によって投資の考え方がどう変わるかを、一般的に整理したものです。
私も過去に、同じ言葉を検索していた覚えがあります。ただ、この問いに向き合うほど、答えは一つに定まらないと感じるようになりました。独身で時間に余裕がある人と、教育費の山が見えている人と、退職まで数年の人とでは、考える順番も気にする点もまるで違います。家計の「形」が違えば、投資の考え方も変わるのだと思います。
そこでこの記事では、五つの架空の人物設定を通じて、それぞれの立場でよく話題になる観点を整理してみたいと思います。断っておくと、AさんからEさんはすべて私が便宜的につくった架空の設定で、実在の相談者ではありません。また、これは「あなたはこのタイプだからこうすべき」という診断でもありません。「こういう状況の人は、こういうことを考えることが多い」という思考の型を、一般論として並べたものとして読んでもらえたらと思います。
五つの架空の人物(Aさん〜Eさん)を年代順に並べたイメージ図
Aさん(20代・独身)——「何のために」が決まらないまま
Aさんは社会人数年目の独身で、実家を出て一人暮らしをしています。収入はまだ多くありませんが、毎月いくらかは残ります。周囲で積立を始めた人の話を聞き、自分もやったほうがいいのかと気になっていますが、正直なところ「何のために」が決まっていません。
この設定でよく出てくるのは、「目的が決まらないと始めてはいけないのか」という迷いだと思います。目的がないまま始めることに、どこか後ろめたさや不安を覚える人は多いようです。一方で一般論としては、生活防衛資金(会社員なら生活費の3〜6ヶ月分が目安と言われることが多い)を確保した上で、無理のない少額から始めて自分の反応を確かめてみる、という考え方も紹介されることが多いです。少額であれば、値動きに対する自分の耐性を知る「練習」の意味合いが強くなります。
私自身、始めた当時は目的などなく、正直に言えば「なんとなく」でした。それでも口座の画面が赤くなったときの自分の反応を見て、はじめて自分のことを少し知った気がしています。
次に気になりそうなこと
自分は数字が減ったときにどう感じるタイプなのか、そのことがまず気になり、そのうえで、少額で始めるとしてその金額をどう決めるか、生活防衛資金をどこまで貯めてからにするか、といったことを調べたくなるのではないかと思います。
Bさん(30代・子育て世帯)——教育費と老後資金、限られた余力をどう分けるか
Bさんは30代の共働きで、子どもが二人います。教育費のために積立をしたいと考えていますが、自分たち自身の老後の資産形成も気になり、限られた余剰資金をどう配分するかで悩んでいます。
この設定で一番の論点になるのは、配分の優先順位だと思います。参考までに、文部科学省「令和5年度子供の学習費調査」によれば、公立中学校の学習費総額は年間約54.2万円、私立中学校は年間約156.0万円と、公立か私立かで教育費は大きく異なり、進路によって総額は数百万円単位で差が出るとされています。この幅の大きさが、「いくら準備すればいいのか分からない」という不安の根っこにある気がします。
一般論としてよく紹介されるのは、教育費は使う時期がほぼ決まっている「期限のあるお金」で、老後資金は時間の余裕が比較的ある「期限の遠いお金」だという整理の仕方です。この違いをもとに、時期が近いものは値動きの小さい置き場所を、遠いものは長期で考える、といった分け方が語られることが多いようです。ただ、これはあくまで型であって、家庭ごとの事情で変わる部分が大きいと思います。
私自身も、教育費と老後資金のどちらを先に考えるべきか迷った時期があり、結局は「使う時期が近い方から確保する」という順番に落ち着きました。優先順位に絶対の正解はない、というのが実感です。
次に気になりそうなこと
自分たちの子どもの進路として現実的にありうる幅がまず気になり、そのうえで、教育費と老後資金のどちらにどのくらいの時間の余裕があるのかを、一度書き出してみたくなるのではないかと思います。
Cさん(40代・住宅ローン返済中)——返済と積立、同時に進める違和感
Cさんは40代で、住宅を購入し、ローンの返済が続いています。返済と並行して老後資金の積立も始めたいと考えていますが、「借金があるのに投資をしていいのか」という引っかかりがあり、繰り上げ返済に回すのか、積立に回すのかが決めきれずにいます。
この設定で繰り返し話題になるのは、ローン金利と投資の期待リターンを比べる考え方だと思います。一般的には、ローン金利が低ければ繰り上げ返済の効果は限定的で、金利が高ければ返済を優先する意味が大きくなる、という整理がよく紹介されます。ただ、投資のリターンは確定していない一方、返済による利息軽減は確定している、という性質の違いもあり、数字だけでは割り切れない部分があります。
私自身、負債と資産が同時に画面に並ぶ感覚には落ち着かないものがあります。数字の上では合理的に見えても、「借りているのに増やそうとしている」という違和感をどう扱うかは、人によってかなり違うように思います。
老後資金については、いわゆる「老後2000万円問題」が、2019年の金融審議会市場ワーキング・グループ報告書が2017年の総務省家計調査のデータをもとに算出した、一つの試算例にすぎないと言われています。「この金額さえあれば大丈夫」という数字ではなく、一つの試算例として受け止めておくくらいがちょうどいいのだと思います。
次に気になりそうなこと
自分のローン金利の数字がまず気になり、そのうえで、繰り上げ返済と積立の組み合わせ方を複数の立場から読み比べてみたくなるのではないかと思います。老後資金についても、どこから考え始めるかを探すことになるのだと思います。
Dさん(50代・セカンドキャリア前)——残り時間をどう受け止めるか
Dさんは50代で、定年や役職定年が視野に入り、その後のセカンドキャリアについても考え始めています。これまで積立を続けてきましたが、退職までの残り時間が見え始めたことで、このままのペースで続けていいのか、リスクを下げるべきなのか、迷いが出てきました。
この設定でよく出る観点は、「時間」という資源が減っていくことをどう受け止めるか、だと思います。若い頃は下落しても回復を待つ時間がありましたが、退職が近づくと、大きく下がったときに回復を待てる期間が短くなります。一般的には、目標の時期が近づくにつれて値動きの大きい資産の比率を下げていく、という考え方が紹介されることが多いです。一方で、退職後にも長い時間が残っていることを考えると、すべてを一度に変える必要はない、という見方もあります。
私が気になるのは、この時期の迷いが、単純な資産配分の問題ではなく、「働き方をどう変えるか」という人生設計と結びついている点です。セカンドキャリアで収入がどう変わるかによって、投資に回せる余裕も、取れるリスクの感覚も変わってきます。
次に気になりそうなこと
退職後の収入の見通しがまず気になり、そのうえで、「いつまでに、どの程度まで値動きを抑えたいのか」という自分なりの線引きを探したくなるのではないかと思います。
Eさん(60代・退職後)——「増やす」から「使う」への切り替え
Eさんは60代で、すでに退職しています。長く続けてきた積立は一区切りつき、これからは貯めてきたものを生活に使っていく段階に入りました。ただ、これまで「増やす」ことを前提に考えてきたため、「取り崩す」という発想にどうしても抵抗があります。減っていく残高を見るのが怖い、という気持ちも正直あるようです。
この設定で最も大きな転換点は、目的が「増やす」から「使う」に変わることだと思います。一般的には、毎年一定額を取り崩す方法、残高の一定割合を取り崩す方法など、いくつかの取り崩し方が紹介されています。それぞれに長所と短所があり、どれが正解というものではありません。年金の受け取り方や取り崩す順番によって税負担も変わると言われており、この段階では「増やし方」よりも「出口の設計」に関する情報のほうが重要になってくるようです。
私自身はまだこの段階にいませんが、親世代の話を聞いていると、「減らしてはいけない」という感覚が強すぎて、使うべき時に使えない、という葛藤があるように感じます。増やす感覚のまま止まってしまうと、何のために貯めてきたのか、自分でも分からなくなる瞬間があるのかもしれない、とも思います。
次に気になりそうなこと
年金と生活費の差額がどのくらいなのか、そのことがまず気になり、そのうえで、「取り崩し方の型」にはどんなものがあるのかを、じっくり比べてみたくなるのではないかと思います。
五つの型に当てはまらないと感じたら
ここまで五つの型を並べましたが、実際にはこのどれにもきれいに当てはまらない人のほうが、はるかに多いと思います。独身でもローンがある人、法律婚以外の形でパートナーと家計を共にする人、子育てと親の介護が重なる人、フリーランスで収入が読めない人。これらはあくまで考え方の入口を示す例であり、自分の状況に合わせて、複数の型を組み合わせて読んでもらえたらと思います。組み合わせ方に迷ったら、使う時期がより近い悩みから先に考えてみる、というのも一つの手がかりになるかもしれません。例えば教育費と住宅ローンが重なる場合、支払いの時期がより近い方から確認してみる、といった具合です。
また、ここまでの五つの型のどれかに近いと感じた場合でも、そこに書いた観点をそのままご自身の優先順位として当てはめるのではなく、あくまで考え始めるきっかけの一つとして受け止めていただければと思います。
おわりに
この記事を書こうと思ったのは、「いつ始めるべきか」という問いに、私自身が一言で答えられないことに気づいたからでした。答えられないのは知識が足りないからではなく、問いの中に「誰が」「どんな家計で」という前提が抜けていることが多いからだと思います。
五つの設定を書きながら、自分がどの段階にいて、次にどこへ向かうのかを考える時間になりました。読んでくれた方にとっても、誰かの正解を探すのではなく、自分の家計の「形」を眺め直すきっかけになれば嬉しいです。私はこれからも、自分の受け止め方として、こうした考え方の型を書き留めていくつもりです。